奈良地方裁判所葛城支部 昭和37年(ワ)90号 判決 1965年1月22日
原告 堀田良清
右訴訟代理人弁護士 白井源喜
被告 中川一郎
右訴訟代理人弁護士 西村登
主文
被告は原告に対し金一〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年一二月六日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において金三三〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
原被告間に昭和三七年八月二六日売主被告、買主原告として被告所有の別紙目録記載土地につき、代金四五〇〇、〇〇〇円、手付金五〇〇、〇〇〇円、右土地は農地であるから宅地転用のための所有権移転許可決定後登記日を確定し、所有権移転登記手続をなし、かつ同時に、残代金四〇〇〇、〇〇〇円を支払うこと、右移転登記の登録税は被告が四分、原告が六分の割合で分担することとの約定で売買契約が成立し、被告は原告より同日手付金五〇〇、〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争がない。
≪証拠省略≫を綜合すると右原被告間契約の内容は別紙不動産売買契約証書第一条ないし第六条のとおりであることが認められ、これに反する証拠はない。
しかして原告は被告が右契約に違反したので昭和三七年一二月四日被告に対し右契約を解除し手付金五〇〇、〇〇〇円の返還と違約賠償金五〇〇、〇〇〇円の支払を求める書面を郵送し、同書面は翌日被告に配達され、同日右契約は解除された旨主張するに対し、被告はこれより先すなわち原告の主張する解除以前に「被告の主張」(二)の如く原告が昭和三七年一一月八日より被告に無断で本件土地を材木乾燥場兼置場として一反近くも使用又は実兄の訴外吉井光由をして使用せしめるにいたったので、被告は原告に対し本件契約に則り昭和三七年一一月一七日原告に到達した書面で、右契約を解除し、手付金は違約の賠償として没収する旨通知したと主張するので先づ被告のなした右解除が有効になされたものか否かを検討することとする。
この点につき原告は被告主張の頃本件土地に原告の親族に当る吉井光由ら経営の吉井木工所の者が材木を置いたことは認めるが、このことは原告において関知しないことである旨主張し、被告は右行為は原告の指示又は許容に基いてなされたものである旨抗争するところ、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は大和高田市において金物商を営む会社を経営する者で将来本件土地を宅地としてこれにアパートを建築する目的で本件契約をなしたものであるが、本件土地の附近に工場をもち木工、木製品の製造販売を業とする訴外吉井木工株式会社の取締役である訴外吉井光由及び同吉井信夫は原告と実兄弟であるところ、昭和三七年一一月被告が本件土地の稲刈を済ませ架稲した後の同月八日頃から右訴外会社の吉井信夫において本件土地の一部右架稲の間に≪証拠省略≫の各写真に認められるようにその営業用の材木を置いたものであるが、原告は右行為については関知せず、これを指示又は許容したものでないことを認めることができ≪証拠省略≫中右認定に副はない部分は容易に信用し難く他に右認定を覆えすに足る証拠はない。被告は原告が知らない中に本件土地に木材を積まれたというようなことは経験則上あり得ない云々と主張するが、原告と前記吉井らが実兄弟であり右吉井らが本件契約を知っていたとしても、本件契約後二ヶ月余り経過した時期において、御所市大字茅原所在の本件土地に右吉井信夫においてその営業用木材を置いたことを同地より離れた大和高田市に居住する原告が知らないことはあり得ることであって、前記認定が経験則に反することはない。
そうだとすると被告がその主張の如く契約解除の通知をしたことは≪証拠省略≫によって認められるが原告の関知しない第三者の行為について、原告に責任ありとしてなした被告の契約解除は失当というべきである。
仮りに原告が訴外吉井信夫において前記の如く木材をおくことを許容していたものと仮定しても、被告主張の如く本件契約第三条第四条、第六条に則り本件契約が直ちに解約消滅に帰するものとする解釈は本件契約の目的やその条文解釈上無理と思はれる。すなわち被告も認める如く本件契約においては所有権の移転も引渡もなされておらず、これらは後日順次行ってゆくという契約であって、本件係争事態の如きは当事者において当初は予想せずこれを違約とするような定めもなかった場合とみるのが相当である。もっともこの場合原告において被告の撤去要求に応じない場合は被告の解除権の発生することも考えられるが、本件では昭和三七年一一月一七日到達の書面でなした被告の本件土地上の材木撤去催告に対し原告においても間もなくこれに応じて右材木が取り除かれたことは被告も認めているところであるので、いづれにしても被告主張の事由を以って本件契約が解除されたものと認めることはできない。そして≪証拠省略≫を綜合すると、原告主張の請求原因二、及び三記載の如き経過で原告は被告の前記解除通知に対し本件土地に木材を置いたことは原告の関知しないことであるから解除は不当であるとして契約の履行を求めたのに対し被告はこれを拒否し、本件契約を履行する意思のないことを示したので原告はその主張の如く被告の本件契約違反として昭和三七年一二月五日到達の書面で被告に対し本件契約解除の意思表示をしたことが認められる。そうすると被告の主観的考えにかかわらず解除原因となり得ない事由を以て契約が既に解除されたとし本来の契約の履行を拒否することは本件契約第六条に定める違約と認められるので買主である原告の前記契約解除は有効と認められ、右契約第六条に基き手付金五〇〇、〇〇〇円の返還と同額の違約損害金五〇〇、〇〇〇円の支払を求める原告の本訴請求は正当と認められる。もっとも被告は仮定的主張として被告がなした解除が認められず、原告の契約解除が有効としても原告には過失があり、又信義則適用の結果原告の手付金返還の請求は認められるとしても違約金の請求部分は棄却せらるべきものであると主張するのであるが、前記認定の吉井木工所関係者が材木を本件土地においたことについて原告に過失があったものとは当裁判所の信用し難いとした前記資料を除いては認め難く、又原告の身内の者が前記の如く材木を本件土地においたからといって原告の本件違約金の請求が信義公平の原則に反するものとは解し難いので被告の右主張は採用しない。そうすると手付金五〇〇、〇〇〇円の返還と違約金五〇〇、〇〇〇円の支払と以上合計金一〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する前記原告の解除通知到達の翌日である昭和三七年一二月六日以降完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求はこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 坂口公男)